百済聖王の泗沘遷都頃、当時の朝廷佐平であった孟氏が植えたという伝説が伝えて來るこの銀杏の木は切り株の下端部のまわりが9.2m、高さ約26mに達する老巨樹である。高麗時代に恩山の崇覚寺の住持が庵の大梁で使うために、この銀杏の木の枝を切り取って行く途中即死したという伝説もある。 住民によって神木に崇尚され、毎年正月二日に祭祀を執り行ない、七月七夕の日には真心を集めて肥培管理をしている。