家屋の構造技法で見ると朝鮮時代の末期に建立されたことと推測される。
屋根の下し床の端に上げられた丸瓦で87年(1705)という文字が発見されたが、この家の建立年代とは関連がないようである。
南側を向けているこの家屋は北方の後面に「ㅁ」字構造を持った体つきがあり、体つきの前には東方へ少しかたよって行廊屋が配置されて全体的に「므」字のようである。家屋裏側は丘陵を背景にしていて典型的な士大夫家屋の面貌をおさめている。本屋は中の内庭を中心に南東の方にサラングチェを置いて北に奥を置いた。サラングチェと奥にはそれぞれ外で広間がすり抜けて來「ㅂ」字を横で寝かしておいた姿であるが、こういう風な家を「羽の家」と言う。 本屋の西側の外には物置が配置されている。
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